不自由の創造的超克

不自由の創造的超克
建築家の手による署名的な<br>インパクトよりも、ささやかな発見の<br>持続が空間によろこびを与える。

ナンバー

02

建築家の手による署名的な
インパクトよりも、ささやかな発見の
持続が空間によろこびを与える。

青木弘司/建築家

そこに暮らす人、そして土地の記憶。建築はそこに、どのように寄り添うことができるのだろうか。ユニークな手法で注目される建築家、青木弘司はそこに流れる時間に目を向けながら、一から建築の成り立ちを考え抜く。その考えとはどのようなものか、事例とともに語ってもらった。

聞き手:山田泰巨
撮影:山本康平

2021.10.18

/ Posted on

2021.10.18

/ 聞き手
山田泰巨
/ 撮影
山本康平

新旧を単純に対比するのではなく、
要素を断片化し、フラットに捉えようとしました。

かつて、印刷工場、製版所、紙問屋などがひしめきあっていた神田川沿いの下町。それら工場跡のひとつに、建築家の青木弘司は事務所を構える。大学院卒業後は建築家・藤本壮介のもとで、8年に及ぶ時間を過ごした。現在は国際的に活躍する藤本だが、青木の入所当初はわずか3人の事務所だった。そこで、設計や計画検討の進め方、模型の作り方や捉え方に至るまで、多くを学んだと振り返る。
独立後、最初の仕事は木造住宅のリノベーションだった。若い建築家が手がけることの多い事例ではあるが、図らずも藤本のもとではまったく経験をしていない仕事であった。結果、これまでの経験とは別の視点から建築を考えるきっかけとなる。

青木の事務所に掲出されるステイトメントには「寛容な空間を設計せよ」とタイトルがつけられている。

青木は、木造住宅のリノベーション事例にある種の違和感を覚えていた。多くが建物の新旧を明快に対比させることで、デザインの方向性を見いだしているように感じられたからだ。
「クライアントと対話を重ね、既存の建物を調査していくと、新しいことと古いことを対立的に捉えることには無理があるように感じました。時間の蓄積を単純に整理するのは乱暴ではないかと。そこで、さまざまな時間を経た住宅の雑多な要素をすべてフラットに捉えるアプローチこそが重要ではないかと思い至ったのです」

「調布の家」では既存の空間と新規の空間を巧みに織り交ぜ、クライアントの日常を見つめた提案を行った。トップライトから光が差し込む白い空間は新しい空間を得たよろこびを喚起させる。写真:永井杏奈
鉄骨造の箱の中に木造が収まる入れ子構造の「伊達の家」。あらゆる部材が見えるように設えられ、クライアントが空間の成り立ちを直感的に理解できるようにしている。チャールズ&レイ・イームズの「イームズハウス」を彷彿とさせる空間で、クライアント自らがこれからの生活を主体的に構築していくことを期待する。写真:永井杏奈

青木の初期作「調布の家」は、一見するとどこに新しく建築家の手が入ったのかわからないようなリノベーションが施された。新旧の要素を対立させるのではなく、モザイク状に渾然一体とさせることで両者を捉え直したからだ。青木は、「新旧を単純に対比するのではなく、要素を断片化することでフラットに捉えようとした」という。その表情はまるでクライアント自らがDIYを行ったかのようにも見える。
「日々の経験を積み重ねていく実感、時間をかけて場の成り立ちを理解していくたのしみ。建築家の手によるわかりやすい署名的なインパクトよりも、ささやかだけれど小さな発見を持続させるほうが空間によろこびを与えられるのではないでしょうか」

青木の事務所は工場の最上階にあり、かつてはオーナー一家が暮らした住居を使っている。ここもまた青木とスタッフの手によるセルフリノベーションによって、使い勝手よく更新がなされている。

住まうことで上書きされていく。
計画は想定に過ぎないことをあらためて感じました。

では、青木が新築に挑むとどうなるか。北海道の「伊達の家」は格納庫のように巨大な鉄骨造の建屋内部に、木造の小屋が建つ入れ子のような住宅だ。ホームセンターで販売されるありふれた材料を多用し、あらゆる部材が見えるように設えられている。
「ありふれた材料を使って再現性の高いディテールを採用することは、ユーザーのトレーサビリティーに配慮しているとも言えます。建築の知識がない一般のクライアントでも家の成り立ちを直感的に理解できるデザインは、暮らしに対する主体性を喚起させます。それはリノベーションの経験から学んだ重要なポイントの一つです」

クライアントのセルフビルドで現在も工事が続く「ニセコの家」。実際に暮らすことで当初の計画案は更新を続けていく。現在もクライアントと青木は往復書簡のようにディテールなどの更新を続けている。写真:山岸剛

同じく北海道に立つ「ニセコの家」はクライアントのセルフビルドだ。このクライアントは元大工であり、構造設計事務所を主宰するというユニークな背景をもつ。最初のミーティングから、クライアント、構造設計者、施工者を演じ分けるように一人三役で打ち合わせを進めた。引き渡しはしたものの、現在も工事は続く。
「住まうことで、計画内容が上書きされていく。計画は想定に過ぎないことをあらためて感じました。いまも彼とは図面の往復書簡を続けており、作りながら暮らすという主体的な生き方に惹かれます。クライアントワークとは不自由な創作ではなく、むしろ他者性を介在させながら自分の想像力を拡張させていくエキサイティングなクリエイション。それこそが建築の面白さだと感じるのです」

青木は緻密な模型を作成し、それをもとに自らはもちろん、クライアントとも精緻な打ち合わせを繰り返していく。完成するころにはクライアントの模型を読み込む能力も高くなっていることから、青木は「引き渡した時にあまり新鮮な感じがないようで…」と苦笑する。

まもなく麻布十番に完成するのが、飲食系のテナントが入居する新築の商業ビルだ。多くの商業ビルは、入居するテナントの入れ替えに対応できるようにニュートラルな空間が求められる。しかし青木はテナントの入れ替えというタイムスパンに合わせてデザインするのではなく、鉄筋コンクリート造の建物がもつ耐用年数にも目を向けた。二つのタイムラインを思い描きながら、クライアントにどのような価値を提示できるか。

外装工事をほぼ終えた麻布の物件。坂の多い地域で、その地形がもつ豊かな起伏を手がかりに設計が進められた。今後は青木が内装設計を手がける。

ありふれた都市の風景のなかで、
土地の記憶に根ざした風景を感じられる建築をつくりたい。

「ありふれた都市の風景のなかで、その土地の記憶に根ざした本来あるべき風景をかたちづくるような建築を考えたのです。麻布十番は谷間と台地が複雑に絡み合った起伏に富む土地です。坂道と擁壁で出来上がっているような街並みに対し、岩を積層したような、地形の一部が隆起したような形状を考えました。建物のプログラムが変化しても、建築そのもの自体は自立して存在し続けることに重きを置いたのです」

麻布で進むプロジェクトの模型。岩を積み重ねた抽象的な模型は、ストーンヘンジや古墳のような太古の建造物にも通じる姿をもつ。

さらに青木は次のように言葉をつなぐ。
「いまの社会は、一言で説明できるわかりやすい建築を求めています。この建築はそうした閉塞的な状況に一石を投じています。多少不自由で、簡単には手懐けられないかもしれないけど、だからこそユーザーに社会の潜在的なニーズ絡め取られない空間の価値を提供できるんじゃないか。そんな期待をもっています」
青木弘司は考えることを諦めない。考え続けることをクライアントと共有し、建築に流れる時間を捉えようと挑む。スクラップアンドビルドを続けるこの国で、建築の新しいアップデートのあり方とはなにかと模索する、その活動にこれからも期待したい。

青木弘司/建築家

1976年北海道生まれ。2003年室蘭工業大学大学院修了後、藤本壮介建築設計事務所入所。在籍中に医療福祉施設や図書館から東京都内の小住宅に至るまで、事務所の創設期から約8年にわたり大小さまざまなプロジェクトに関わる。2011年青木弘司建築設計事務所設立。独立後に第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館の出展作家に選定され、特別表彰を受賞。武蔵野美術大学、東京造形大学、前橋工科大学、早稲田大学、文化学園大学、東京都市大学、法政大学で非常勤講師を務める。2018年合同会社AAOAA一級建築士事務所設立。JIA北海道支部建築大賞2019審査委員長賞、第3回日本建築設計学会賞、住宅建築賞2021、第46回北海道建築奨励賞を受賞。

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