ニューアイデンティティ

ニューアイデンティティ
テクノロジーで、女性に新たな自由を。

ナンバー

03

テクノロジーで、女性に新たな自由を。

ジュリア・トマゼッロ/インタラクションデザイナー/ALMA Co-founder

女性のプライベートなヘルスケアを実現するスマートアンダーウェアを開発するスタートアップ「ALMA」。その開発は、プロダクトにとどまらず、現在の女性観を捉え直し、リデザインするための“冒険”だった。

聞き手:森 旭彦
グラフィック:早川 翔人

2021.04.21

/ Posted on

2021.04.21

/ 聞き手
森 旭彦
/ グラフィック
早川 翔人

私たちは、2つの「性」を生きている。ひとつは生物的な性。もうひとつは社会的な性だ。

さまざまな要因で、私たちはこの2つの性のミスマッチに遭遇する。ある人は社会的認知と自分が生物的に持つ性のギャップに悩む。またある人にとっては、生物として自然な性の悩みが、なぜか社会において適切に解消されなかったりする。

そのとき私たちはさまざまな方法で、そのミスマッチを埋めようとする。

ある人はデモをする。またある人は、歌をうたうかもしれない。自由を求めて。

その方法が、サイエンスやテクノロジーだったら、どんな自由が見えるだろう?

ベルリン、UKほか複数の国の科学者やファションデザイナーによって進められている「ALMA」というプロジェクトは、女性のプライベートなヘルスケアをウェアラブルデバイスによって実現することをミッションとしている。プロジェクトを率いるのはイタリア出身のジュリア・トマゼッロ。彼女はテクノロジーと人の相互作用によって、新しい体験や価値をデザインする「インタラクション・デザイナー」だ。

プロジェクトALMAはテクノロジーによって、生物としての女性と、社会における女性を、新たな方法で繋ぐ。その試みからは、性の新たなウェルビーイングが見えてくる。

すべての女性のための「スマートアンダーウェア」

ZOOMの向こうはイタリアだった。4月2日、ジュリア・トマゼッロは、現在拠点を置いているベルリンではなく、故郷のペーザロでインタビューに応じてくれた。ペーザロは作曲家ジョアキーノ・ロッシーニが生まれた場所として知られる、アドリア海に面した小さな街だ。彼女はイースターの休暇を過ごすために帰国していた。通常、ヨーロッパ内の移動は数時間程度で済むが、今回の旅路はCOVID-19に関連する渡航制限により、とても長い道のりになったという。

彼女がプロジェクト「ALMA」で取り組んでいるウェアラブルデバイスは、細菌性膣症にかかっているかどうかを検知する女性用のスマートアンダーウェアだ。

「私たちが開発しているのは、バイオセンサーを内蔵したアンダーウェア。このセンサーは女性器の膣内の液体のpH値をモニターする。そのデータをもとに、ユーザーは自らが細菌性膣症にかかっているか否かを知り、早期の治療に結びつけることができる」

「カンジダ外陰腟炎」などで知られる細菌性膣症は、膣内の水素イオン指数(pH)値と相関があるという医学的エビデンスがあるという。健康体では膣内のpH値は4〜4.5であり、やや酸性の状態にある。しかし何らかの異常がある場合、膣内のpH値は6〜7となり、中性にシフトする。ALMAのバイオセンサーはこのpH値の変化を検知することができるというわけだ。測定データは導電性ワイヤで接続されたデバイスからBluetoothでスマートフォンなどに送られて解析され、ユーザーに提示される。

現在はケンブリッジ大学の科学者(材料科学)らを共同創業者に迎え、プロトタイピングを続け、資金調達を進めている。細菌性膣症を非侵襲的に診断するためのバイオセンサーを組み込んだ、実用的なプロトタイプが4つ完成している。これがプロジェクトALMAの、女性が抱える生物的な性の問題を解決するテクノロジーとしての役割だ。

実際にプロダクトになり、市販されるまでのマイルストーンについて聞くと、ジュリアは少し首をかしげながら答えた。

「私たちが目指すのは“変化”をつくりだすことであって、製品をつくることではない。ALMAは、プロジェクトの大部分を構成している要素が参加型であり、常に教育に重きを置いている。女性が関わりながらプロジェクトが進み、彼女らも関わることで何かを学びとることができる。そうして文化的な変化を起こそうとするのが、ALMAで実現したいこと」

ふと、ぼくたちは「スタートアップ病」に侵されていることに気づく。機知に富んだ起業家が構想し、大量にユーザーを抱えて、便利なものを社会実装することばかりを考える。しかし、それをゴールにすると実現できないものもある。むしろ、実現できないことの方が多い。資本主義的な考えに囚われ、何かを諦めるより、自分のつくりたい変化に対して真摯な行動を起こすこと。ジュリアはその方が遠くへ行けることを、これまでの経験から知っているのだろう。

偏見が生み出した病気

ALMAが提示するもうひとつの役割は、ヘルスケアの「ジェンダーギャップ(性別による格差)」を解消することだ。

ある統計によれば、女性の約75パーセントはカンジダ外陰腟炎(Candida vulvovaginitis)を一生のうちに一度は発症するとされる。実はとてもポピュラーな病気だ。

「それでいて、女性が細菌性膣症にかかると、どうしたわけか“よごれている”ようにラベリングされ、不名誉な扱いを受ける。生きていれば多くの女性が直面する、簡単な問題なのに、社会的にタブー視される。それゆえ女性は、他人に相談したり、不安を共有することができない。女性のヘルスケアにおけるウェルビーイングはこうした社会的認知によって貶められていると言える。プロジェクトALMAの真の目的は、こうした女性の生理的な問題を解決しながら、社会から偏見をなくすこと」

プロジェクトALMAが重要視しているのは、世界中の女性と対話をしている点だ。2020年、ジュリアはプロジェクトメンバーの医療人類学者らとともにブラジル、タイ、マレーシア、スイス、スロヴェニア、イタリアでワークショップを行い、400人を超える参加者を対象としてオンラインのアンケート調査を行った(ALMA MEETS FLORA)。そこで行われた対話の中で模索されたのが、ALMAプロジェクトにおける教育の側面だ。社会的な偏見によって深刻な病気扱いされている細菌性膣症にまつわる現状を、批判的な思考によって変革するというわけだ。現在は体験を共有し、ナレッジを共創するためのデジタルコミュニティ・プラットフォームの実現を目指している。

「女性にとってのタブーは、世界中の社会の“あらゆるところに”存在している。だからわたしたちは世界各国の社会に実際に行き、そこに生きる女性たちとの対話を通し、ともにそのタブーの存在と違和感に気づき、ともに変えていく。ALMAはそのためにあるプロジェクトであり、場なんだ」

世界各国から11人のファッションデザイナーとコラボレーションし、文化的多様性を持つプロトタイプを作製するなど、プロジェクトALMAは、世界中の女性と対話しながら前に進んでいく。さらに、現在は男性に向けたワークショップも構想中だという。

女性のアイデンティティをリデザインするという視点

ALMAを単なるスマートデバイス以上のものにしているのは、そのデザインの目線が、女性のアイデンティティの再構築にまで及んでいる点にあるだろう。世界中の女性と対話を重ね、アートの要素を取り込むことで、出発点はテクノロジーだが、実際には女性という存在のアイデンティティをリデザインする実践がなされている。テクノロジーをつかって、テクノロジー以上のものをつくりだすこと。それこそが、このプロジェクトのユニークさだ。

こうしたアプローチには、ジュリアがイギリスのロンドン芸術大学の名門カレッジ、セントラル・セント・マーティンズ(Central Saint Martins)の修士課程「Material Futures」で取り組んだテーマが影響している。それはバイオテクノロジーを使った女性のヘルスケア「Future Flora」だった。女性器の状態を良好な状態に保つことのできる乳酸菌の一種である「ラクトバチルス菌」を、特殊な「パッド」によって体内に採り入れることで、細菌性膣症の予防・治療を行うというコンセプトのプロダクトだ。そして彼女が「Future Flora」で目指したのは「女性をサイエンスの市民にする」ということだった。

「私は自分の部屋でラクトバチルス菌を培養し、自分の身にまとうことで実験を進めていた。私は自分がサイエンスの市民になることで健康になることを実感していた。こうした体験をより多くの女性に広めていくことができれば、社会における女性のあり方を変革しながら、自らも健康になれると考えた」

サイエンスを自分で使いこなすことができれば、既存の社会の枠組みに囚われないセルフケアを女性自身が行うことができる。それに、STEM(Science〈科学〉, Technology〈テクノロジー〉, Engineering〈工学〉 and Mathematics〈数学〉)の領域は依然としてジェンダーギャップが非常に大きい。女性をサイエンスの市民にしながら、ヘルスケアを行うことができれば、その両方のジェンダーギャップをともに解決できる。

「プロジェクトALMAを通して常に考えているのは、すべての女性のため、ということ。この世界の、すべての女性のためにあることが、私たちの存在意義」

テクノロジーは便利だが、便利なだけでは世界は変わらない。便利なテクノロジーを、世界を本当に変えたいと願う人たちとともにつくり、使っていく。ALMAのアプローチには、女性と、テクノロジー、そして社会の新しい関わり方が垣間見えた。

ジュリア・トマゼッロ インタラクションデザイナー/ALMA Co-founder

イタリア出身。ベルリン在住。ウェアラブルテクノロジーやバイオテクノロジーを用いるインタラクションデザイナー。イギリスのロンドン芸術大学の名門カレッジ、セントラル・セント・マーティンズ(Central Saint Martins)で取り組んだテーマ「Future Flora」は、2018年のアルスエレクトロニカ・フェスティバルで「STARTS Prize」を受賞した。